2006年 04月 07日
久々 |
約2週間、放置されていたこのブログ、理由は「業務多忙」でありました。まあ中小企業の悲しさ、属人的な業務が多いのはしかたがない。しかしどう考えても期限に間に合わない状況に陥りました。プロジェクトと称していても要員はオレひとり、周りは見て見ぬふり、上司はゲキだけ飛ばして定時退社、部下も上司が帰るとオレが席を外している間に退散するという最高のチームワークでありました。
しかも会社は22時までの居残りしか認めない、勤務記録上は20時退社となっているわけだ。これってサービス・・・か?親会社は数年前に当局にガサ入れ喰らっているはずなんだがな、喉元過ぎればってやつですね。
こうなると残された道は持ち帰り残業、泣きながら帰宅後に深夜まで仕事をするオレがいました。なんでこうなる、という疑問はありました、失踪するとか電車にダイブするという今までの日常生活で考えたことも無いことが脳裏を過ぎりました、嗚呼オレこのままでは壊れてしまうと真剣に思いました。ただ誰も助けてはくれませんでした・・・最初からあてにはしてないんですけどね。
そのプロジェクトもなんとか最初の関門は超えました、まだ超えなければいけないヤマが幾つかありますが、徐々に落ち着きつつあります。あとは時の流れに身を任せるしかありません、ジタバタしても始まりませんからね。何かあったときは辞表でも叩きつけてやるぐらいの気持ちです。私個人が仕事をしたのではなく組織で仕事をしたはずなんですがね、プロジェクトの遅延の理由を個人に求めてくる姿勢には納得いかなのであります。
この2ヶ月間、ロクに寝てなかったので今夜はゆっくりと休みたいと思います。体重減8キロと引き替えですからね、本当に命削って仕事をしていたというのが実感です。
しかも会社は22時までの居残りしか認めない、勤務記録上は20時退社となっているわけだ。これってサービス・・・か?親会社は数年前に当局にガサ入れ喰らっているはずなんだがな、喉元過ぎればってやつですね。
こうなると残された道は持ち帰り残業、泣きながら帰宅後に深夜まで仕事をするオレがいました。なんでこうなる、という疑問はありました、失踪するとか電車にダイブするという今までの日常生活で考えたことも無いことが脳裏を過ぎりました、嗚呼オレこのままでは壊れてしまうと真剣に思いました。ただ誰も助けてはくれませんでした・・・最初からあてにはしてないんですけどね。
そのプロジェクトもなんとか最初の関門は超えました、まだ超えなければいけないヤマが幾つかありますが、徐々に落ち着きつつあります。あとは時の流れに身を任せるしかありません、ジタバタしても始まりませんからね。何かあったときは辞表でも叩きつけてやるぐらいの気持ちです。私個人が仕事をしたのではなく組織で仕事をしたはずなんですがね、プロジェクトの遅延の理由を個人に求めてくる姿勢には納得いかなのであります。
この2ヶ月間、ロクに寝てなかったので今夜はゆっくりと休みたいと思います。体重減8キロと引き替えですからね、本当に命削って仕事をしていたというのが実感です。
by akihi1971
| 2006-04-07 23:08
| ひとりごと