2006年 01月 07日
こちら南極ただいまマイナス60度(草思社) |
待望の出版でした。元は第45次南極観測隊に同行した朝日新聞社の中山由美記者の連載記事であります。連載といっても紙面ではなく asahi.comでのもの、オーストラリアのフリーマントルで南極観測船しらせに乗船してから1年4ヶ月の南極滞在を経て、再びオーストラリアのシドニーに戻るまでの出来事を日々「ホワイトメール」という形で綴っていたものです。この連載期間中は更新が楽しみにであり、これは加筆修正して朝日新聞社が出版するに間違いないと考えておりました。しかし出版される気配はない、同じく同行した武田カメラマンの写真は作品集として出版されていたのにホワイトメールはない。忘れかけていた頃、紀伊国屋書店新潟店で平積みにされているのを発見、喜々としてゲットしました。
当然、当時のホワイトメールがベースになり南極での越冬生活が綴られているのであります。予想していたとおり紙面( Web上)に掲載できない出来事も多々あった様子、今回の出版にあたりそのあたりが加筆されている部分で、世間から切り離された状況で42人が暮らしている様子が描かれていた。これだけの人間が生きていれば衝突が起こるのも当たり前であろうが、南極に行ってしまえば逃げ場はないわけである。
今の昭和基地、インテルサット経由でインターネットへは常時接続されているという環境にまず驚くが、他の隊員がasahi.comのホワイトメールを閲覧しクレームをつけてきたという出来事にさらに驚いた。まさに極地での限定されたスペースで限定されたメンバーでの生活、衝突があっても不思議ではないでしょう。このあたりの加筆を朝日新聞社は戸惑ったのかとも勘ぐりたくなる。
個人的には南極への興味を再び掻き立てられた一冊、小学生の頃読んだ南極越冬記で興味を憶えたのが最初である。(映画南極物語より先にタロジロの物語は知っていたから)その頃のエピソードは今でも憶えている、宗谷の奮闘、オビ号の救援、そしてタロジロの物語など。プロジエクトXで取り上げられた時はビデオに録って保存してある。
私が小学6年のころ南極観測船が2代目の「ふじ」から3代目「しらせ」にリプレースされた。その「しらせ」が初航海で「ふじ」が苦戦していた昭和基地までの氷海をあっさり克服し、オングル島まであっけないくらいにたどり着いたのにビックリした。しかしその「しらせ」も四半世紀に渡る酷使でボロボロと聞いている、だましだまし改修して使っている状況らしい。4代目の計画も出ているようですが、国の財政難の影響を受けて頓挫しているということ、正直このままだと南極観測にも影響が出てしまう。これはなんとかならないでしょうかね、こんな部門にこそ優先的に予算措置をとるべきではないでしょうか。
by akihi1971
| 2006-01-07 22:33
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