2005年 12月 22日
大停電の朝 |
12/22(木)に起きた新潟大停電、これはある悲しいサラリーマンのドキュメントであります。
AM 5:00、起床
風の音で目が醒める。いつもよりかなり強い気がする。早く起きていつもより早い電車乗る必要がある。しかし布団から抜け出せず、もう一度眠りに落ちる。
AM6:30、準備
何度か微睡んだ末に布団から抜け出す。窓から外を覗くと雪がチラついている、休みたい、四連休にしてしまえという悪魔の囁きが脳裏をよぎるが小心者、小市民、出社の準備を始める。どうも昨日の酒が抜けていない、10分程熱いシャワーを浴びて気持ちをリセット。
AM7:00、強風
この天候だと確実に電車は遅れる。しかしなるべく早い時間に駅まで行って、来る電車に駆け込むつもり、これが冬場の出勤の鉄則であります。ニュースを見つつ、朝食をかき込む。
AM7:20、出勤
玄関を出るが風が強く傘はさせない。荷物になるので持って行かない、吹き付ける雪(ミゾレ)の中を駅まで歩く。ミゾレはあまり嬉しく無い、傘がさせないもので駅までの間で既にズブ濡れ。
AM7:30、到着
電車がホームに来ている、よし駆け込むぞ。エスカレーターの飛び乗るが途中まで来た所でガクンとストップ、どうも停電らしい。止まってしまったエスカレーターを改札まで駆け上がる、しかしそこにはもう人が滞留している。上下線ともダイヤは乱れてしまっている、駅構内は復電、停電の繰り返し。人はあふれているが、状況の説明はない、復旧見込みがあるのかないのか情報が欲しい。近くにいた高校生は「休んでしまうか?」と友達同士で相談している、どうせ通知表もらうだけだろ?休んじまえ、こんな日に登校するのはリスキーだ。しかし悲しいかなオレは会社員、そうはいかないんだな。
AM7:35、決断
ようやく駅員がハンドマイクで状況説明、出てきた情報は「復旧見込みなし」であった。次の瞬間決断、バスでの出社に切り替え駅を出る。バス停まで約5分、またズブ濡れになりながら歩く。
AM7:40、バス停
バス停に到着、まだ並んでいるひとは少ない、俺は10番目くらい、バスが来れば間違いなく乗れる。しかしこんな天候、バスは時刻表どおりに来る訳がない。傘もさせずにズブ濡れになりながらバスを待つ、この間にもバス停の行列はどんどん延びて行く、多分今並び始めた人は直近のバスに乗れないだろうな。
AM8:10、停電
並び始めて30分、バスは来ない。空がピカッと光った気がした、いや間違いなく光った。そして近くにあった信号が消えた、今考えれば長い停電の始まりの瞬間でありました。信号の消えた交差点、もう無法地帯、頼むからみんな事故るなよ。
AM8:20、乗車
やっとバスが来た。車内は予想以上にガラガラ、問題なく乗車し車内へ、暖かい!冷たいミゾレにやられていたからそう感じた。長い長い停車時間を経て出発、当然乗車出来ない人が出てきた。道路はそれほど渋滞していない、思った以上にスイスイ進む。
AM8:50、渋滞
当初はスイスイ進んでいたバスであったが、市街地へ近づくにつれ渋滞にはまり始めた。信号が消えているのが痛い、そして市街地の灯りも消えている、相当広範囲に停電している様子であった。バスの運ちゃんが反対方向から来たバスを止めて情報を仕入れる、その結果「下越地区が全域停電」ということが判明、嘘だろ?
AM9:10、連絡
バスが動かなくなってしまったのでとりあえず、会社に連絡をする。やはり遅れている人が多数いるとの事。
AM9:30、新潟駅
新潟駅近くのバス停まで降車、またズブ濡れになりながら歩く。新潟駅を横切って会社へ向うのだが、構内真っ暗である。在来線は全面運休、かろうじて新幹線は運行している状況、そして駅を出ると突風にあおられる、もう勘弁してくれ。こんな思いをしてまで出社する必要があるのか?サラリーマンとは悲しい生き物だと思いながら会社へ向う。
AM9:50、会社
会社近辺、大通りの信号はかろうじて動いていたが、その他はみんな灯りが消えている。コンビにも自動販売機も灯りがない、異様な光景の中を歩く。そして会社へ到着、我が会社施設、自家発電で正常稼働中でありました。ズブ濡れで執務スペースへ入る私を見て笑うモノが何名かあり、休めばよかったかな?普段40分の道程、今日は約2時間疲れた・・・。そして停電は回復していない様子、仕事はともかく、どうやって帰ったら良いのかなという思いが脳裏をよぎった。(つづく)
AM 5:00、起床
風の音で目が醒める。いつもよりかなり強い気がする。早く起きていつもより早い電車乗る必要がある。しかし布団から抜け出せず、もう一度眠りに落ちる。
AM6:30、準備
何度か微睡んだ末に布団から抜け出す。窓から外を覗くと雪がチラついている、休みたい、四連休にしてしまえという悪魔の囁きが脳裏をよぎるが小心者、小市民、出社の準備を始める。どうも昨日の酒が抜けていない、10分程熱いシャワーを浴びて気持ちをリセット。
AM7:00、強風
この天候だと確実に電車は遅れる。しかしなるべく早い時間に駅まで行って、来る電車に駆け込むつもり、これが冬場の出勤の鉄則であります。ニュースを見つつ、朝食をかき込む。
AM7:20、出勤
玄関を出るが風が強く傘はさせない。荷物になるので持って行かない、吹き付ける雪(ミゾレ)の中を駅まで歩く。ミゾレはあまり嬉しく無い、傘がさせないもので駅までの間で既にズブ濡れ。
AM7:30、到着
電車がホームに来ている、よし駆け込むぞ。エスカレーターの飛び乗るが途中まで来た所でガクンとストップ、どうも停電らしい。止まってしまったエスカレーターを改札まで駆け上がる、しかしそこにはもう人が滞留している。上下線ともダイヤは乱れてしまっている、駅構内は復電、停電の繰り返し。人はあふれているが、状況の説明はない、復旧見込みがあるのかないのか情報が欲しい。近くにいた高校生は「休んでしまうか?」と友達同士で相談している、どうせ通知表もらうだけだろ?休んじまえ、こんな日に登校するのはリスキーだ。しかし悲しいかなオレは会社員、そうはいかないんだな。
AM7:35、決断
ようやく駅員がハンドマイクで状況説明、出てきた情報は「復旧見込みなし」であった。次の瞬間決断、バスでの出社に切り替え駅を出る。バス停まで約5分、またズブ濡れになりながら歩く。
AM7:40、バス停
バス停に到着、まだ並んでいるひとは少ない、俺は10番目くらい、バスが来れば間違いなく乗れる。しかしこんな天候、バスは時刻表どおりに来る訳がない。傘もさせずにズブ濡れになりながらバスを待つ、この間にもバス停の行列はどんどん延びて行く、多分今並び始めた人は直近のバスに乗れないだろうな。
AM8:10、停電
並び始めて30分、バスは来ない。空がピカッと光った気がした、いや間違いなく光った。そして近くにあった信号が消えた、今考えれば長い停電の始まりの瞬間でありました。信号の消えた交差点、もう無法地帯、頼むからみんな事故るなよ。
AM8:20、乗車
やっとバスが来た。車内は予想以上にガラガラ、問題なく乗車し車内へ、暖かい!冷たいミゾレにやられていたからそう感じた。長い長い停車時間を経て出発、当然乗車出来ない人が出てきた。道路はそれほど渋滞していない、思った以上にスイスイ進む。
AM8:50、渋滞
当初はスイスイ進んでいたバスであったが、市街地へ近づくにつれ渋滞にはまり始めた。信号が消えているのが痛い、そして市街地の灯りも消えている、相当広範囲に停電している様子であった。バスの運ちゃんが反対方向から来たバスを止めて情報を仕入れる、その結果「下越地区が全域停電」ということが判明、嘘だろ?
AM9:10、連絡
バスが動かなくなってしまったのでとりあえず、会社に連絡をする。やはり遅れている人が多数いるとの事。
AM9:30、新潟駅
新潟駅近くのバス停まで降車、またズブ濡れになりながら歩く。新潟駅を横切って会社へ向うのだが、構内真っ暗である。在来線は全面運休、かろうじて新幹線は運行している状況、そして駅を出ると突風にあおられる、もう勘弁してくれ。こんな思いをしてまで出社する必要があるのか?サラリーマンとは悲しい生き物だと思いながら会社へ向う。
AM9:50、会社
会社近辺、大通りの信号はかろうじて動いていたが、その他はみんな灯りが消えている。コンビにも自動販売機も灯りがない、異様な光景の中を歩く。そして会社へ到着、我が会社施設、自家発電で正常稼働中でありました。ズブ濡れで執務スペースへ入る私を見て笑うモノが何名かあり、休めばよかったかな?普段40分の道程、今日は約2時間疲れた・・・。そして停電は回復していない様子、仕事はともかく、どうやって帰ったら良いのかなという思いが脳裏をよぎった。(つづく)
by akihi1971
| 2005-12-22 22:22
| ひとりごと